【MFA健康コラムVol.136】「疲労は悪ではない」― 回復力を高める運動と休養 ―
厳しい残暑が続く一方、朝夕には少しずつ秋の気配も感じられる九月。夏の大会シーズンを走り抜けた選手にとって、この時期は疲労が最も蓄積しているタイミングかもしれません。「毎日ヘトヘトだけど、休んだら周りに置いていかれそう」「疲れているのはわかっているけど、練習を止める勇気がない」そんな葛藤を抱えている方も多いのではないでしょうか。
今月は、「疲労」そのものとどう向き合うかというテーマを取り上げます。疲労は決して「悪者」ではなく、正しく理解し、正しく回復させることで、次のパフォーマンスへの土台になるものなのです。

「疲労=悪」「休養=サボり」こうした価値観が、無意識のうちにアスリートや指導者の中に根付いていることは少なくありません。しかし実際には、回復が追いつかないまま練習を積み重ねること自体が、パフォーマンス低下やケガ、さらには深刻な体調不良を引き起こす原因になります。
その代表例が、オーバートレーニング症候群(Overtraining Syndrome:OTS)です。これは、十分な回復期間を設けないままトレーニングを継続することで生じる状態であり、慢性的な疲労、パフォーマンスの低下、免疫機能の低下など、全身に影響が及びます。問題は、この状態が「なんとなく調子が悪い」という曖昧な自覚症状から始まるため、本人も指導者も気づかないまま進行してしまうケースが多いことです。
オーバートレーニング症候群(OTS)は、過度な身体活動が十分な回復を伴わずに続くことで生じる病態であり、複数の主要な原因として、過剰なトレーニング量、環境要因、そして睡眠不足が挙げられています。大学生アスリートを対象とした文献レビューでは、睡眠不足が疲労感の増加、意欲や集中力の低下、免疫機能の低下と関連し、さらに体内のグリコーゲン貯蔵量の減少を通じて生理的な回復プロセスにも影響を及ぼすことが指摘されています。
とくに注目すべきは、成長ホルモン(GH)の分泌と睡眠の関係です。成長ホルモンはレム睡眠とノンレム睡眠が交互に繰り返される中で分泌され、深いノンレム睡眠(徐波睡眠)の段階でピークに達します。この成長ホルモンは、身体的な回復だけでなく、記憶の定着や感情の調整にも関与しているとされています。つまり、「よく眠ること」は単なる休息ではなく、回復のための能動的な生理プロセスなのです。
一方、運動後の疲労回復手段としてよく知られているのが積極的休養(アクティブリカバリー)です。最大運動後の血中乳酸の除去について検討した研究では、能動的な回復運動を行った群は、安静にして回復を待つ受動的休養よりも乳酸除去が速く進み、その効果は運動強度に依存すること、そして乳酸性作業閾値の80%程度の強度で最大の除去効果が得られることが報告されています。ただし、別の比較研究では、積極的休養・電気刺激・フォームローリングの間で、筋肉痛や翌日のパフォーマンス回復に明確な差が見られなかったとする報告もあり、「アクティブリカバリーが常に最善の方法である」と単純化できるわけではない点には注意が必要です。
これらの知見から言えるのは、疲労とは「悪」ではなく、適切に回復させることで次の適応(パフォーマンス向上)を導くための身体反応だということです。問題は疲労そのものではなく、回復が疲労に追いついていない状態が慢性化することにあります。

疲労と上手に付き合い、回復力を高めるための実践ポイントを3つ紹介します。
【1】「疲労のサイン」を見逃さない
慢性的なだるさ、睡眠の質の低下、練習への意欲低下、普段より心拍数が高い状態が続くなど、これらは体からの重要なサインです。「気合いで乗り切る」のではなく、記録し、変化に気づく習慣を持ちましょう。トレーニング日誌に主観的な疲労度(10段階評価など)を記録するだけでも、早期発見につながります。
【2】運動後のアクティブリカバリー
高強度運動の直後は、完全に動きを止めるのではなく、軽いジョギングやサイクリングなど、低強度の運動を5〜10分程度取り入れてみましょう。乳酸除去を促進する可能性が示されている一方で、その効果には個人差があることも踏まえ、「心地よく体を動かせる強度」を目安にすることが現実的です。
【3】睡眠を"トレーニングの一部"と捉える
練習メニューを組むのと同じ意識で、睡眠時間を確保することが重要です。特に大会や強化練習が続く時期は、7〜9時間の睡眠時間を意識的に確保し、就寝前のスマートフォン使用を控えるなど、睡眠の質を高める工夫も取り入れましょう。

「疲れている=弱い」「休む=遅れをとる」——こうした思い込みは、時に選手自身を追い詰めてしまいます。しかし科学的に見れば、疲労は体が発する正常な信号であり、適切な回復こそが次の成長への投資です。
夏の疲れが表面化しやすいこの九月、頑張ることと同じくらい、しっかり休むことにも意識を向けてみませんか。回復力を高めることは、決して後ろ向きな選択ではなく、長くパフォーマンスを発揮し続けるための、最も戦略的な一歩なのです。
参考文献
- Patel H, Vanguri P, Kumar D, Levin D. The Impact of Inadequate Sleep on Overtraining Syndrome in 18-22-Year-Old Male and Female College Athletes: A Literature Review. 2024;16(3):e56186. doi:10.7759/cureus.56186
- Devlin J, Paton B, Poole L, Sun W, Ferguson C, Wilson J, Kemi OJ. Blood lactate clearance after maximal exercise depends on active recovery intensity. J Sports Med Phys Fitness.2014;54(3):271-278. PMID: 24739289
- Akinci B, Zenginler Yazgan Y, Altinoluk T. The effectiveness of three different recovery methods on blood lactate, acute muscle performance, and delayed-onset muscle soreness: a randomized comparative study. J Sports Med Phys Fitness.2020;60(3):345-354. doi:10.23736/S0022-4707.19.10142-9


